
歯のお医者さん、すなわち歯科医の歴史は古く、今から2500年位前にはすでに古代エジプトで、歯科医による歯痛などの治療などが行われていたとの記録が残っています。
ただ現在の義歯に通じる歯の欠損部に、象牙や獣骨で作った義歯様のものを埋め込んだり、
現在のブリッジに似た歯の治療が行われる様になったのは、古代ギリシャやローマ帝国の時代だと言われています。
これ等の技術と類似のものはアラビアやヨーロッパでも発見されていて、時期は特定出来ませんが少なくとも古代の中東諸国やヨーロッパでは、現在の義歯に類似した歯の治療も行われていた様です。
一方、アジアを見た場合エジプトと同様に古い文化を持ち、優れた医術も開発していた中国ではどうだったのでしょうか?
中国の場合、宋、明の時代の医学書には義歯らしきものの記載がありますが、ただ中国の遺跡からは義歯やブリッジなどの技術に類似したものは発見されていません。
これは古代中国では儒教思想から「入れ歯などは卑しむべきもの」という考えが強かった為、現在遺跡として発掘されている様な上流階級の墳墓からは、義歯の痕跡が発見されないのではないかとも言われています。
では日本の場合はどうでしょうか?
日本の義歯の歴史は実はかなり古く、弥生時代の遺跡と一緒に義歯らしきものが発見されています。
ただ日本に現存する義歯として最も古いものは、1538年没の和歌山の願成寺を建立した尼僧(通称:仏姫)が使っていた上顎総義歯です。
これはツゲの木を彫って作られた木床義歯で、その形状は現在の義歯とほとんど違わないほど精巧なものです。
恐らく仏像の彫刻をしている仏師が、尼僧の為に手作りしたものだろうと言われています。
その後、この木床義歯は日本における義歯の主流になり、時代劇によく登場する柳生神陰流で有名な柳生飛騨守宗冬もこの木床義歯を使っていたと言われています。
その後木床義歯は明治の初期まで日本の義歯の主流を占めていましたが、1860年に来日したアメリカの歯科医イーストレイクが、整形し易い西洋式の蒸和ゴムを使用する技術を伝えた為、日本式の木床義歯の時代は終焉を迎える事になりました。
義歯Naviでは、義歯について解説しています。
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